生産再開へ(1) 気持ちの切替
3/末になると、会社としても年度末対応の結果として上半期が終わり、4月からの下半期を向かえる時期です。
電気、水(沢水での工業用水)、情報ネットワークの為の仮事務所の増設によるネットワークの応急復旧の見通しも立って来ると、私としても、大震災を受け被災した状況下において、やれる範囲での製品出荷をベースとしてやってきたことに関する整理・区切りと、4月以降における生産再開に向けての気持ちの切替を行いたい。
どのような行動・パフォーマンスが必要か!?
を考えた時、
“本社に行こう、支援に関する御礼を言おう、現実を報告しよう、本社の問題点・改善点を提示し、生産再開に向け更なる支援をお願いしに行こう!”
“しばらく入っていないお風呂にも入ろう!”
と決断したところ、ちょうど3/31にE運送便の工場から関東への帰り便が午後に出発、4/1の午後に本社からY氏が工場にワゴン車で向かう、とのナイスタイミングの情報があり、それぞれに便乗することにし、本社出張を強行するのでした。
担当部長にビジネスホテルを予約してもらっており、せっかくのお風呂に入れる機会にホテルの小さなユニットバスはないだろう、という思いで、近くの健康ランド(スーパー銭湯)のようなところを教えてもらい、確か9時過ぎにホテルにチェックインし、すぐにタクシーでお風呂に入りに行きました。
この辺は普通の生活なんだ~、と思いながら、お風呂に入るのですが、失敗は “アカこすり” を準備していなかったこと、まぁいいか?ってタオルで洗うのですが、洗った後、浴槽に入り肌をポリポリすると、爪に沢山のアカが・・・、また外に出て洗って、サウナに入りポリポリするとまた・・・・。
髪の毛も最初はシャンプーが泡立たない・・・。
この繰り返しでなんとかきれいになり、ロッカーに戻り、着替えようとしたら、着替え前の衣類から悪臭が!!。
入浴前はこんな悪臭を発していたの!?とビックリ。
ここで、もっとゆっくりしたかったのですが、悪臭を発する衣類をホテルで洗濯・乾燥しなければならず、ビール1杯程度で切り上げ、ホテルに戻り “主夫” を行うのでした。
気持ちの切替前に体をリフレッシュできました。
長距離移動から体は疲れているはずなのですが、明日、本社でどのように言おうか?等を考えると、なかなか寝つけず朝になるのでした。
スポンサードリンク
関連記事
-
3月15日の行動(1) 車の発見
翌日(15火)の朝になり、Y氏と何とか実家で合流し、実家の2階の部屋にコタツ、ストーブ等を準備しても
-
3月11日の出来事(4) 携帯電話と電気
時間が経つにつれ、周りが暗くなってきている中で、携帯電話がつながらない新たな問題に直面してきたのです
-
家族からのメッセージ(8) 一番伝えたいこと
私は、毎年 お母さんの実家へ夏休みと冬休みに5日間ぐらい泊まっていました。 ですが、この東日本
-
3月13日の行動(1) 安否確認
大震災から3日目(日曜日)の朝になりました。 翌朝には実家でアンテナが立っていた唯一の庭先の場所は
-
震災から4年になるね
じいちゃん(親父)、ばあちゃん(お袋)、ママ(女房)、そっちはどうですか? ケンカしないで、安らか
-
3月16日の行動(2) 生死の境
家庭・生活面においても、この日はターニングポイントでした。 私にある決意をさせることになるので
-
生産再開へ(7) 体制の変化
プロジェクト・分科会の体制・メンバーは生産再開・災害復旧の内外的な変動に伴い、刻々と変化していきまし
-
生産再開へ(2) 本社出張
今になると、翌日(4/1)、どのようなルートでビジネスホテルから本社まで行ったのか記憶が曖昧ですが、
-
家族からのメッセージ(3) 私のこころ-1
3月の震災から1年が経とうとしています。 この1年、あっという間に過ぎて行った気がします。
-
支援物資(3) 衣食住の衣
支援物資を何にするか?を考える場合、“衣食住”に分けられる。 提供受けた側の経験談として、 “
スポンサードリンク
- PREV
- 支援物資(6) タイミングと目的
- NEXT
- 生産再開へ(2) 本社出張