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プロフィール

はじめまして。
当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
宮城県気仙沼市で宿泊施設『コテージキクタ』の管理人を行っている菊田俊勝(きくたとしかつ)です。

さて、私の自己紹介をさせていただきます。

私は1961年8月、この気仙沼市に養殖漁業兼農業の家に3人兄妹の長男として生まれました。
家業は自然相手の仕事であるために不安定で、両親が苦労して私達3人兄妹を育て上げました。
小さいころから繁忙期(厳冬)は休みや通学前の毎朝に手伝わされ、過酷で重労働の家業が嫌でたまらず、進学は某国立高専(工業高等専門学校)へ逃げるように進学しました。

1982年3月に卒業、その4月に隣町の某SONY系列の会社に入社し、その職場で亡き妻と出逢うことになったのです。
私は3年でその会社を辞め、某電気機器メーカーの地元工場に転職、その2年後に妻と結婚し、1男1女を授かることができました。
妻は出逢った会社を震災直前まで勤め上げました。

両親、妻のおかげで、私は仕事に専念でき(家のことは任せっぱなし)、中国工場出向や本社出向も経験し2006年10月に地元の工場の工場長に就任し、のちに取締役の肩書も頂きました。
工場長時代にはリーマンショックによる休業やリストラなど苦い経験もしました、

そして、リーマンショックからも立ち直ろうとしていた矢先の2011年3月11日、あの東日本大震災に遭遇し一瞬にして、普通の生活と、普通に幸せだった家庭が崩壊してしまったのです。

東日本大震災の大津波によって自宅だけでなく、両親、妻、愛犬をも失いました。

震災直後は家族の安否確認や葬祭行事を行いながらも、場を避難場所とし、工場責任者として工製品の出荷や生産再開の陣頭指揮をとり、社員及び社員家族の生活を守ることに専念しました。

5月が過ぎ、以前の生産能力の目途が立った時点で、会社を辞める決断をしました。
役割を果たし終えたような心境でした。
守るべき妻、両親がいなくなって勤める意味を考えました。
幸い、長男は社会人になり独立、長女も専門学校生から就職の目途が立ちそうでした。
生活再建。地元の復旧・復興を優先した第二の人生を歩みたい気持ちが強くなり、会社の決算時期、引き継ぎの関係から11月に退職しました。

その後、地元農地の瓦礫撤去事業に参加しながら第二の人生のあり方を模索し、開業準備を進め、退職から約1年後の2012年12月に、トレーラーハウスを活用した宿泊施設コテージキクタをオープンすることが出来ました。

第二の人生を歩み始めて、コテージを開業し始めた頃は、お客様をはじめ、周りの人たちに、

 『生かされている』

との感覚が強かったのです。

震災直後の両親、妻の捜索や工場再開の陣頭指揮の状態は、思い出したくないほど過酷で頑張らざるを得ない状態でした。
その反動で、無理せず、流れに沿ったような生き方、生かされ方を望んでいたように思います。

しかし、時間の経過と共に、ホームページやブログを自分で作成できるようになって少しずつ変わってきました。

 『自分らしく生きたい!』

喜怒哀楽の中で怒哀は東日本大震災にて一生分味わいました。
普通の生活の大切さを実感しました。
第二の人生のポリシーは『亡くなった家族の分まで生きる!』です。その生き方は、

 怒哀を捨て喜楽に生きる!

 地元気仙沼で生きる!

 海と向き合って生きる!

これから、自分のため、人のために、いろいろな企画を考え、様々有益な情報を発信つづけたいと思っています。

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