*

3月16日の行動(3) 決意

公開日: : 最終更新日:2016/03/11 3月16日の行動, 東日本大震災体験談

本来の避難場所が避難場所にはならなかった状況は、私たちの予想を遙かに超える悲惨な状況でした。

隣の行政区の避難場所(私の家族が避難した場所と高さ的には同じ位)には40~60名位避難したらしいですが、ほとんどの方が死亡、行方不明の状況です。
先日、葬儀があったのですが、その地区では家族7名が流され、残されたのは地区にいなかった女子高生1人だけ、という被災家族も存在しています。

そのような中、隣の娘さんだけではなく、他の場所においても相当の人が“奇跡的”を体験したみたいです。

ついさっきまで一緒にいた人が犠牲になる、自分は奇跡的に助かる・・。

は、助かった人にも相当の精神的ダメージがあった様で、T夫妻の娘さんは2日間泣きどおしだったらしく、避難の状況を口にしたのは相当の期間が経ってからと聞きました。

生かされた、残された者は、現実を現実として受けとめることが出来ず、特に1人になると、現実から回避したい衝動に駆られます。

私の場合、その回避手段が “仕事” でした。

年度末の状況下、明日から本格的に出荷できる製品を出荷し、少しでも売上につなげ、会社を存続させ、工場の社員・家族を守る・・・。

私はこのことに集中することを決断しました。
しかし、逆に犠牲にしなければならない決断もありました。

それは “地域貢献・支援” です。

高齢化社会、地区内にすれば、私の年齢は “わげすたず(若い連中)” の分類になり、本来であれば、被災した地区のために、みんながいる避難場所で一緒に過ごし、役割分担に応じ、率先して被災者のサポート・支援を行うのがスジなんです。

しかし、ライフラインが寸断、ガソリンが手に入らない状況下、地元避難所での被災者支援と、工場で社員の安否確認や製品出荷業務の両立は困難で、どちらかを犠牲にするしかありませんでした。

私は工場責任者として、地域貢献を犠牲にし、会社を選択し、当面の避難場所を工場と決めました。

そして、その夜、寝る前に、子ども達、妹達に、決意のメールを送ったのです。
それでなくても携帯電話でのメール入力が遅いのに、決意のメール入力時には溢れる涙が視界をさえぎり・・・・。

以下が送信したメールです。



パパの決意、どのような結果になっても

ママはパパの仕事の一番の理解者でした。
社員・家族の生活を揺るがすことは望んでいないはずです。
地元も大事ですが、今は、会社がつぶれ、約○○名の社員及びその家族が路頭に迷うことがないように、今は、そのことだけに集中し、行動し、やり遂げます。
そして、ママに”どうだ!“って自慢します。


3月16日の行動(4) 周知・認識不足 につづく

スポンサードリンク

関連記事

no image

3/17~31の活動(5) 仮事務所の増殖

発電機が手に入り、組立できる製品の部材の出庫や組立作業を開始するとなると、製品物流以上のコンピュータ

記事を読む

no image

3月15日の行動(4) お裾分け

遺体安置所から工場に戻り、義姉連中は実家に始めに帰り、夕方近くに、K次長、Y氏の弟と一緒に、実家に向

記事を読む

no image

支援物資(2) 震災直後は・・・

今回の大震災の被災者は、社内だけでなく、国内、国外等から沢山の支援を頂き、本当に言葉では表すことが出

記事を読む

no image

家族からのメッセージ(9) お元気ですか?-1

お父さん、お母さん、より子お姉ちゃん お元気ですか? そちらの様子はどんな感じなのでしょうか?

記事を読む

no image

3月12日の行動(3) 震災翌日、自宅へ・・・

自分の目で確かめるしかない! 車でどこまで行けるか分からなかったし、避難所の中学校から自宅まで

記事を読む

no image

3/17~31の活動(2) 対策本部

工場2階の応接室、会議室は対策本部として、煩雑な部屋に変化していきました。 白板を4つ準備し、

記事を読む

no image

支援物資(3) 衣食住の衣

支援物資を何にするか?を考える場合、“衣食住”に分けられる。 提供受けた側の経験談として、 “

記事を読む

no image

私の家族(3) 父の死亡届

K次長と気仙沼市役所に到着した時は、既に暗くなってきて、当時、市役所も停電状態で、発電機による電気供

記事を読む

no image

3月12日の行動(1) 工場内の確認

ほとんど眠ることはできず翌朝(土曜日)になりました。 まず、私が行った行動は、明るくなってきた

記事を読む

no image

私の家族(5) 女房の死亡確認

以前に、女房の死亡確認において、情けない失態をさらすことになることに触れましたが、恥を忍んで発信しま

記事を読む

スポンサードリンク

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

スポンサードリンク

no image
時間をかけてはいけない罹災証明書

元旦に発生した能登半島地震の被災者のために、震災を体験し、被災者(自宅

no image
時間が解決してくれる(再建)

元旦に発生した能登半島地震の災害ニュースを見る度に、東日本大震災時の状

no image
時間でしか解決しないことがある(避難・仮設住宅)

元旦に発生した能登半島地震の災害ニュースを見る度に心が痛みますが、13

no image
時間でしか解決しないことがある(こころ)

東日本大震災から13年が経とうとしています。 震災から5年後には

日常と節目と語り部

東日本大震災から10年という節目を迎えるにあたり、前回に引き続き、私が

→もっと見る

PAGE TOP ↑