3月16日の行動(4) 周知・認識不足
3/16(水)は、公私ともにターニングポイントになった日と前述した様に、非常に慌ただしく、精神的にも過酷な1日でしたが、そのような日に限って、憤慨する事象がありました。
工場社員がおかれている状況に対する、本社側の周知不足、認識不足と思われる出来事です。
この日の本社からのメールです。
件名: (略)
内容: TEL連絡可能な人のTEL番号を教えて下さい。
大変、申し訳ありませんでしたが、罵倒的なメールを返信してしまいました。
何をしたいの(目的)!?、
何を基準に連絡可能とするの!?
被災地は通信寸断状態から、刻々と復旧状況が変化していましたが、工場からは本社にTELするのに、外に出向いてつながっている状況・・・・。
携帯電話会社によっても復旧状況が違う状況・・・。
携帯がつながるところまで行って1人1人に連絡して見て、つながった人をリストアップしなさい、ってことか!?
(正直、この時期、工場内からは社員だれとも連絡がつかない状況)
ガソリンがない、携帯の電源がないんだぞ!
こちらでは、製品出荷の協力要請するのに、自宅や避難場所にわざわざ出向いて、本人に会って要請している状況、安否確認においては、社員からの間接的な情報をも判断材料にしなければならない状況なのに!
要するに、本社の一部社員は、工場社員がおかれている状況を認識していても、社員全体に周知されていなかったんだろうな、というのがこちらの感触でした。
同じようなことは他にもあります。
やっとの思いで本社に携帯でつながって常務を呼び出してもらおうとしたら、
『常務は打ち合わせ中です。』
『(ブチギレ)ダメ!直ぐに替わって!』
普通の日なら分かります。
でも、未曾有の災害を受けている工場と連絡を取りたくても取れないのは本社だって同じなはずです。
このような状況で、工場との連絡を取るより、優先の高い打ち合わせがあるのでしょうか?
改善してもらいたい!
と要請しても1回だけじゃないんです・・・。
また、呼び出してもらっても、なかなか応答がなく、結果的に携帯電話の電池切れ、わざわざ工場から離れたところまで出向いて連絡を取ろうとしているのに・・・・。
憤慨しながら、渋々、目的を果たさずに工場に帰るのでした。
勘違いして頂きたくないのは個人を責めているのではありません。
リスクマネジメントの中で、組織として迅速で的確な判断、動き方(周知)だと思うのです。
スポンサードリンク
関連記事
-
生産再開へ(4) 工業用水と通勤
沢水の摂取場所(水量との関係)と水質の関係を調査し、加工工程の工業用水として使用することができるか?
-
私の家族(4) 父の火葬
翌日(3/19)は土曜日ですが、約20名の社員のご協力にて製品出荷を行った日です。 私の方は、
-
私の家族(1) 父の発見情報
当分の間、私の家族のことについて、お付き合いください。 私の家族は、父、母、妻(より子)、長男
-
家族からのメッセージ(10) お元気ですか?-2
より子お姉ちゃん、膝の調子はどうですか? 無理をしていませんか? 愛犬チーズはおりこうさんにして
-
家族からのメッセージ(2) 強くなる
東日本大震災から、1年が経とうとしています。 現在、気仙沼を離れて生活しているためか、いまだに
-
生産再開へ(2) 本社出張
今になると、翌日(4/1)、どのようなルートでビジネスホテルから本社まで行ったのか記憶が曖昧ですが、
-
支援物資(5) 初動判断
これまでは、ボランティア的な支援物資に関して考察してきましたが、工場再開、災害復旧のために必要不可欠
-
私の家族(9) 葬儀
4/15(金)に最後になった母の火葬が終わり、葬儀屋さんに3人の遺骨が仮安置して頂いた頃、工場はマイ
-
家族からのメッセージ(3) 私のこころ-1
3月の震災から1年が経とうとしています。 この1年、あっという間に過ぎて行った気がします。
-
3月14日の行動(3) 情報基地
千厩(岩手県一関市)での買い物を終え、工場に戻ると、既に、海外工場出向組、気仙沼出身組が2台の車で無
スポンサードリンク
- PREV
- 3月16日の行動(3) 決意
- NEXT
- 3/17~31の活動(1) 協力体制